ホリディ・インのレストラン
メキシコ・シティで迎える最初の週末、AM7:00に目が覚めた。
身支度をしてホテル最上階のレストランへ朝食に向かう。
カテドラル横にあるホリディ・インの最大の売りはそのロケーション。カテドラルの真横だ。
それと屋上レストランで国立宮殿を眺めながらのさわやかな朝食といってもいいと思う。
レストランには、テラス席だけでなく室内席とがある。
この日、オーダーした卵料理(70N$)も美味しかった。
ちなみに、ブッフェの料理は見たがしょぼかった。
ソカロを見下ろしながら、ゆっくりめの朝食を食べた。
その後、ホテルロビーでテォティワカン観光ツアーを申し込むことにした。
テォティワカン観光ツアー
ホテルでツアー代金(N$330)を払い、しばらくするとワゴン車が到着した。
それに乗り込み、まずは他のホテルからの参加者をピックアップすることに。
かれこれ1時間ほど走ったりと待ったりして、やっとツアーに出発した。
このツアーはグアダルーペ寺院とテォティワカンの2つがセットになっており、まずはグアダルーペ寺院に行った。
グアダルーペ寺院
寺院から少し離れたところでワゴンを降りて、約5分ほど歩いて広大な敷地の寺院に到着した。
信徒・観光客が相当いたが、混雑を感じさせない広さだ。
新旧2つの平べったい大聖堂があり、ガイドのおっさんがスペイン語で説明してくれた。
それをマリオに英訳してもらいながら、聖堂内部も見て回った。
率直な感想は、広すぎ〜。文字通り広すぎる広場に巨大な2つの大聖堂が、碁盤に置かれた碁石のような感じだ。
グアダルーペ寺院近くは、土産物屋がどっさりある。
ツアーはここで約1時間のショッピングタイムになった。
土産といっても、宗教物が多い。
1mくらいある木製の十字架、壁に掛けるキリスト像、宗教美術をプリントした布など、実家の居間には置けそうもないものが所狭しと並んでいた。
土産物屋と並んで多かったのが、見た目ミニホットケーキのような焼き菓子を売る出店だ。
マクドナルドの小さなパンケーキみたいで、おいしい匂いだったので買ってみた。
カラフルな半紙のような薄い紙に、おばちゃんが10枚ほど包んでくれた。(10N$)
が、ホットケーキとじぇンじぇン違い、口の中が一瞬で渇くほどぱさぱさした代物だった。
マイルドな砂糖味だが、少し甘すぎる。ドリンクなしではきついスナックだ。
しかも、時間がたつとぼろぼろと形が崩れた。
その後、グアダルーペ寺院を出発したバスは、山の斜面に立ち並ぶ低所得層の襟を横に、きれいな高速道路を走った。
そこで見た、ぼろ屋は廃屋のようで、こうもありありと貧富の差を見たことがなくショッキングだった。
(後日、フィリピンのセブ島でも似たような気分になったのを思い出した)
約30分掛けて、バスはグアダルーペ寺院からテォティワカン遺跡に到着した。
テォティワカン遺跡
テォティワカン遺跡に近づくにつれ、サボテン畑ともいえるようなところを走り、遠くにピラミッドが見え始めた。
そうなると車内で、いっせいに「オォォォ」と一同わくわく。メキシコ・ドイツ・スイス・アメリカ・カナダ・日本と国籍違えど出した声は似たもの同士。
3番ゲートそばの駐車場でバスを降りて、まずは月のピラミッド近くのケッツァクアトルという雷神にまつわる遺跡を観光。
ジャンボ迷路のように歩ける遺跡を通り抜けて、死者の道へ出た。
目の前には、死者の道がずーんと左右に走っていた。
左を見ると、月のピラミッドがど〜んと聳えていた。
右を見ると、斜め方向に太陽のピラミッドがどーんと聳えていた。
我先にとピラミッドのてっぺん目指す気持ちを抑え、
ツアー一向は、死者の道のど真ん中で、サボテンから様々な色を作り出すパフォーマンスを見ることに。
ハードロックカフェのTシャツをきたおじさんが、ぶちっと平べったいサボテンの葉をちぎり、紙に線を引くと鮮やかな赤や紫の色がついた。
ほうほうと見入ってしまった。一通り色を見せ終わったところで終了で、買いたい人はポストカードを買っていた。
その後は一時間ほど自由時間となり、まずは月のピラミッドを上り始めた。
太陽のピラミッドより急傾斜と聞いていたが、特に底辺近くが急だと思った。
何度か休憩しながら、頂上付近に近づくと、足場の様子が変わった。
ブロックを規則正しく積み上げたピラミッドだと思っていたが、頂上付近はまるで大仏の頭状態。
でこぼこの石が足場となった。だから端っこのほうへ行くのは危険。落っこちてしまいそうで怖い。
てっぺんでは終始腰をうかさずに四方の眺めを楽しんだ(びびりながら)。
ガイドブックにはほとんど乗ってないみたいだが、月のピラミッドの裏側(死者の道と反対側)には、
平原が広がっており緑色の山の峰が連なっている。行ったこともないサバンナを思い描くような雄大な自然の景色だった。
その後、月のピラミッドに備え付けられている綱(まさに命綱)を握り締めてゆるりゆるりと降りた。
普通の階段のように何事もないかのようにすいすいと降りていく人もいたのには驚いた。(おっちゃーん、転んだら死ぬで〜)
月のピラミッドを無事に下りて、今度は太陽のピラミッドに向かった。
太陽のピラミッドは月のピラミッドより相当でかい。下から見上げると2倍以上は大きいようにも見えた。
残りパワー全開でてっぺんを目指して攻めたが、途中でツアーの集合時間になりやむなく途中下山。
両方上りきるには、最低1時間半はかかったと思う。
ピラミッド観光の後、ツアーは遺跡近くでピラミッドが眺めれるレストランでランチタイムとなった。
観光客向けのレストランで高めの値段だったが、ツアー参加者全員がテーブルを囲んだ。
現地ツアーの醍醐味は、見ず知らずの人たちと話せることだ。
メキシコ・シティで働くドイツ人、テキサスから観光中のアメリカ人など20人程いた中でアジア系は2人だけだった。
巨大なボールに盛られたシーザーサラダ(77N$)を食べた後、バスでホテルに戻りツアーは終了した。
ソカロの巨大国旗
ホテルに戻った後、ソカロを歩くことにした。
PM17:00頃、ソカロを歩いていると、機関銃を担いだ兵士たちが国立宮殿から次々と出てきた。
何?すぐに兵士たちは、ソカロ中央に掲揚されている巨大国旗を取り囲むように整列した。
その後、音楽隊も国立宮殿から登場し、国旗の降揚行事が始まった。
風に揺られる独立のシンボル・メキシコ国旗はいつの間にか見物人で囲まれていた。
物珍しいその様子を、機関銃をもつ兵士の後ろから見入った。
見物人の後ろには、座ったまま地面に物を広げて売る人がいた。
それは、救済のシンボル・カテドラルと巨大な国旗の間でみたリアルな光景だった。
メキシコの貧富の差は露骨だ。
テンプルマヨール
カテドラルを経てホリデイ・インと反対側にあるテンプルマヨールにも行った。
噂の遺跡はどこ?という感じで、国立宮殿とカテドラルに隣接する古代遺跡は、日常の景色に埋もれていた。
ビルの基礎工事中のようなところだった。観光に要した時間はたった3分。
むしろ、遺跡前の路上市場の方が面白かった。(最初は雑多さにひいたけど。。)
軽く10や20軒を越す出店・屋台は、カテドラルの周りを文字通りストリートマーケットにしていた。
中には、電気歯ブラシを売っている出店もあった。
どの店先でも黙ってのぞいていても、店員は強引な物売りはしなかった。
バスでプエブラへ
ソカロを離れた3人は、マリオの家があるプエブラへ向かうためベニートファレス国際空港へ行った。
空港からプエブラまでバス(N$130)に乗った。
バス乗車前には空港みたくセキュリティチェックがあった。金属探知されてバスに乗ったのは初めてだった。
車内ではドリンクサービスもあり、サービスいい観光バスのようだった。
PM7:30にメキシコ・シティを出発したバスが、プエブラに到着したのは外が真っ暗になったPM9:00頃だった。
バスターミナルの駐車場でマリオの車に乗り換え、マリオの住むアパートへ向かった。
荷物を置き、夕食にタコスを食べに出掛けた。
プエブラ、1st Night
タコスが売りのカジュアルレストランに行った。
マリオ曰く「酒を飲んだ後に、いつも来ることが多い。」
居酒屋の後に行くラーメン屋のようなものか。
ここで、マリオの友人たちと会った。(マリオのセッティングで)
クラウディアと携帯会社につとめる人(名前忘失)は、明るく丁寧な人たちだった。
2人はマリオの学生時代からの親友とのことで、マリオは是非紹介したかったそうだ。
2人とも英語が話せた。彼らのこと、料理の説明、メキシコ・シティ観光のことを話しながら1時間以上の夕食となった。
その後パブへ出掛けた。
カウンターの壁一面が棚になっており、ボトルがきれに並べられていた。
ほどよい喧騒のする中、ビールとナッツで宴を始めた。
にぎやかなパブは、深夜0時をすぎても大勢の人が残っていた。
酒の苦手なクラウディアはおかまいなしにマリオたちはどんどん飲み、結局、家戻ったのは26:00前だった。
明日はプエブラの街を散策することに。
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